友人がお彼岸だから、お寺さん(墓参り)に行ってくると近況報告のメールがありました。
そうかあ、と今更ながらお彼岸を思ったのですが、いったいお彼岸のいろいろなことについてどこまでしってるのか?
うろ覚えで、ちょっと恥ずかしかったので、お彼岸常識を調べてみました。
春分の日、秋分の日と祝日になっていますが、休みだ♪ぐらいにしか思ってない人も多いのでは?
今さらきけない!お彼岸の常識について!
「お彼岸」という言葉は知っていても、ほんとうに実際のところはっきりと言える人はすくないかもですね。
意外と知らないのが本当のところ。
お彼岸っていつですかね?
お彼岸にお墓参りするのはなぜ?
お彼岸の由来は?
供えるのはどんなはな?
「ぼたもち」と「おはぎ」の違いってしってますか?
昔からよっ聞く「暑さ寒さも彼岸まで」とは、気候に何かお彼岸が関係してるのでしょうか?
いろいろ、言われてきたこと、聞いてきた話、しきたり、習慣など、お彼岸のこと、知っておくと役にたちますよ。
おひとり様はそういうことちょっと疎いところがあるのですが、ちゃんと若い子に聞かれたとき答えてあげたいなとおもったりして。
お彼岸とは!?~本当の意味とは?~
仏教では生死の海を渡って到達する悟りの世界が「彼岸」です。
そして、今私たちが生きているこっちの世界を此岸(しがん)といい、悟りなど遠い煩悩の世界ですね。
彼岸は西に、此岸は東にあるといわれているのですが、昼と夜の長さがほぼ同じになる日、つまり太陽が真東から昇って真西に沈む秋分と春分は、彼岸と此岸がもっともつうじやすくなるとかんがえられていて、先祖供養をする習慣ができたということです。
なるほどですね、あちらの世界は彼岸。
お彼岸にご先祖様と通じやすくなるので供養をするのですね。
春の彼岸を「彼岸」「春彼岸」とよび、また秋の彼岸を「のちの彼岸」「秋彼岸」と分けることもあるんだそうです。
2018年のお彼岸は?なぜ年によって変わるのかすぐに答えられる?
春分も秋分も二十四節気のひとつです。季節の移り変わりを知るための、二十四節気、約15日間ごとに24に分けられているんですね。
二十四節気の、節気とは、期間をいいます。春分(二十四節気の第4)から清明(二十四節気の第5)までの期間をさしていて毎年3月21日頃~4月4日頃にあたります。
国民の祝日「春分の日」「秋分の日」も日付が固定されいるのではなく年によって変わってきます。
二十四節気は1年を太陽の動きに合わせて24等分してきめられているため1日程度前後することがあるのです。
ことしはのお彼岸は:
<春彼岸 >
3月18日(日)~ 彼岸入り
3月21日(水)~ 彼岸の中日
3月24日(土)~ 彼岸明け
<秋彼岸 >
9月20日(木)~ 彼岸入り
9月23日(日)~ 彼岸の中日
9月26日(水)~ 彼岸明け
となっています。
春分の日、秋分の日(祝日)の決め方は?
春分の日、秋分の日の決定は、国立天文台が作成している「暦象年表」に基づいて翌年の春分の日、秋分の日が決められるんですね。
正式な決定は、その日付が載った「暦要綱」が毎年2月、第一平日に発行される官報での公表によってなされます。
(通常2月1日の官報で公表となりますが、行政機関が休みの場合は翌日以降になるため、第一平日と書いています。)
国民の祝日はあらかじめ月日が決まっていますが、春分の日、秋分の日はそうではありません。
内閣府が公開している「国民の祝日に関する法律」でも春分の日、秋分の日は「春分の日」「秋分日」とだけあり、月日は記載されていません。
お彼岸の由来は?お彼岸は仏教の行事?
お彼岸の行事は日本だけのようですね。
お彼岸は日本独自の文化ができあがっています。
お彼岸はインドなど他の仏教国にはない日本だけの行事ということです。
日本では、神道とお釈迦様の説いた仏教が混在しています。
お彼岸は「日願」ということで、太陽の神を信仰する神道と結びつきやすかったともいわれているのですが農作物の成長に対する感謝が結びついてもいるんですね。
それは、春の種まきや秋の収穫といった自然に対する感謝や祈りがご先祖様に感謝する気持ちにもつながって、お彼岸は日本人にとって大切な行事となったという由来があります。
彼岸の中日である「春分の日」「秋分の日」は国民の祝日になっていますね、それだけはだれでも知ってる(笑)、でも意味はしらない?
祝日法による趣旨はこういうことです。
春分の日~自然をたたえ、生物をいつくしむ日
秋分の日~祖先をうやまい、なくなった人々をしのぶ日
国民の祝日に関する法律(昭和23年法律第178号)
第1条
自由と平和を求めてやまない日本国民は、美しい風習を育てつつ、よりよき社会、より豊かな生活を築きあげるために、ここに国民こぞって祝い、感謝し、又は記念する日を定め、これを「国民の祝日」と名づける。国民の祝日について - 内閣府内閣府 国民の祝日について。国民の祝日に関する法律や政令、年間の国民の祝日の一覧など。
知ってました?
その辺は割りとスルーして、休みだ!しか思ってない人も多い?
お彼岸に供える花は~決まり事があるの?
基本的には仏花:菊や白い花などを主に、トゲや毒、強い香りのある花は仏花にはしないほうがいいようです。
お彼岸には:季節の花もいれたり故人の好きだった花もお供えするといいですよね。
決まりはとくにないようです。
家や地域による考え方もあるので、たとえば嫁ぎ先などでの習慣とかはあるかもしれませんね、わかる方に聞いてみるのがいいでしょう。
周りに合わせなくてはいけないしきたりとかがなければ、こういうのでなくてはいけないとか、あまり決めつけないで、お花をもって、故人に会いに行くつもりでお墓詣りすると気持ちが楽になるようです。
友人(ご主人をなくしています)は〇〇ちゃん(ご主人の名前)とお話してきたわといってます。
「ぼたもち」と「おはぎ」はちがう?
私の田舎では「ぼたもち」としかよんでいませんでした。
「おはぎ」という呼び名をしったのは田舎を出てからです。
お彼岸の供物や食べものといえば、「ぼたもち」と「おはぎ」といわれています。
基本的には同じものです。
その季節に咲く「牡丹」と「萩」の花から、春は「牡丹餅(ぼたもち)」、秋は「御萩(おはぎ)」と呼び分けるようになり、作り方にも花の姿が反映されるようになったのだそうです。
小豆の収穫期は秋なので、秋の「おはぎ」には皮ごと使ったつぶあんを用い、春の「ぼたもち」には固くなった皮を除いたこしあんを用いていてたということです。
我が家ではこしあんはついたお餅の時で、もち米をつぶしてつくる時はいつも粒あんでした。
いわれはいろいろあると思いますが、やはりその地域、家庭によって違うのでしょうね。
まだ、いろんな情報が一般化されていなくて、その家にはその家の風習があった時代です。
暑さ寒さも彼岸までという言葉の深~い意味とは!?
季節を言い表す表現というのは昔の人の季節感が伝わってきますね。
なぜ「暑さ寒さも彼岸まで」といわれているのでしょうか?
秋彼岸を過ぎると太陽がだんだんととおのいて、暑さも和らぎます。
春は反対に冬の短い太陽の顔出しから、長くなっていく。
日(陽)が短く(長く)なりましたね、というのが挨拶のようになります。
春分と秋分は、いずれも二十四節気のひとつで、暦の上では春と秋の中間地点です。
春分と秋分に昼と夜の長さがほぼ同じになり、春分以降は昼が長く、秋分以降は秋の夜長に向っていくんですね。
春分は春(立春~立夏の前日)の中間地点つまり、春分から、昼が長くなっていって寒さが和らぎ暖かくなってくる。
秋分は秋(立秋~立冬の前日)の中間地点で、秋分をすぎると昼が短くなっていって、暑さが和らぎ涼しくってくる。
完全に涼しくなっていったり、暖かくなっていったりということではなく、そうでないときもあるのですが、やはりそのころから少しずつ暑さや寒さがやわらいでくるということで「暑さ寒さも彼岸まで」といわれるようになったとか。
それは、そういうことをおもいながら、暑さも我慢しなさい、寒いのももうすこしだよとはげますことばでもあったのでは?
季節だけのことではなく、そのはげましにはもっと深い意味があったのです。
暑さ、寒さだけではなく、お彼岸は迷い、悩み、煩悩に惑わされている人間が、悟りの世界と通じるときでもあります。
自然に寄り添う暮らしの中で、暑さ寒さやそれに伴う様々なつらさも、彼岸のころには和らいで楽になるんだよ。
「暑さ寒さも彼岸まで」には、生きることへの励ましの意もあった…なんて、深い!というかそれを知ると、ちょっと辛いときにもがんばれそうな気がしてきますね。
まとめ
友人のお彼岸だからお詣りにいくというメールで、そうかあ「お彼岸か」と思い。
お彼岸のこと調べてみました。
そして子供のころの母が作った「ぼたもち」の味もチョッピリ懐かしくおもいだしました。
いまでは、「おはぎ」のほうがよく使うのですが、小さなころは「ぼたもち」でした。そしてその「ぼたもち」も今では作るものより、買うものになってきました。
母は餡(あん)から作っていましたから、とても時間をかけていましたね。
そして、お墓も田舎が遠いのでいけませんが、故人をしのんで「ぼたもち」でもお供えしてもらうよう実家にお願いしようかと思っています。
お彼岸にお参りする人、お彼岸って何?って思った人、意味を知るとなんだか日本の習慣っていいな、そしてちょっとつらくてもお彼岸には励ましてもらお!なんて楽にかんがえられたらいいですね。
お彼岸情報がお役に立てたらうれしいです。
最後まで読んでいただいてありがとうございます。
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