2020年の春。外出が制限され、世界が静止したあの日から、私の「旅」は始まりました。 それから2026年の今もなお、私は心地よい「沼」の中にいます。
金曜日の夜、一週間の仕事を終えて画面をつけた瞬間、日常は消え、私は異世界へと旅立ちます。 飛行機に乗らなくても、パスポートがなくても、そこには全く違う景色と感情が広がっているのです。
1.激しさが生む「光」
「闇」が深いほど、その中に現れる「光」がまぶしく浮かび上がる。
この鮮やかな対比が、私たちを飽きさせない魔法です。
韓国ドラマを観ていて驚かされるのは、日本では考えられないほどの激しい感情表現です。 憤り、恨み、つらみ……。その熱量に圧倒され「ありえないわ」と思いながらも、気づけば引き込まれている自分がいます。
なぜ、その激しさに惹かれるのか。 それは、「闇」が深いほど、その中に現れる「いい人」や「愛」という「光」が、まぶしいほどに浮かび上がってくるからではないでしょうか。
この鮮やかなコントラストこそが、私たちを飽きさせず、一気に没入させる魔法なのだと感じます。
2.演出の魔法:食べないのに「美味しそう」な理由
韓ドラに没入したあと、決まって訪れる変化があります。それは「料理が作りたい、美味しいものが食べたい」という強い意欲です。
面白いことに、ドラマの食事シーンをよく観察してみると、役者さんは意外と食べていません。 ほんの一口、二口でシーンが切り替わることが多い。俳優の方々が体型維持のために食事制限をしている……なんて裏側を想像するのも楽しいですが、驚くのはその「演出力」です。
一口食べただけで、その美味しさや幸福感を120%伝えてしまう。 あの「美味しそう!」という印象を残す圧倒的な演出が、私たちの五感を刺激し、日常の食卓にまで影響を与えてしまうのです。

3.許せる「ありえなさ」:日常からのタイムスリ
パラレルワールド、死後の世界からの帰還。 冷静に考えれば「絶対あり得ない」設定も、韓ドラの世界ではなぜか許せてしまいます。
「そんな世界があったらいいな」と想像力を広げた瞬間、私たちは日常からタイムスリップしています。 日本語だと少し気恥ずかしくなるようなストレートな愛の言葉も、あの美しい映像と音楽の中で語られれば、心の奥底がドキドキと揺さぶられる。
桜の花びらが舞い、雪景色が広がる……。あの美しい映像の中を、自分も歩いているような感覚。 それこそが、私が求める「究極の現実逃避」なのかもしれません。
結びに:独自の視点で解剖する「没入の旅」
文化の違い、表現の違い。 近い国なのに、これほどまでに違う世界。
このブログでは、韓ドラに魅了された筆者が、独自の視線でドラマを解剖し、そこで見つけた料理や、心揺さぶられた瞬間の記録を綴っていきます。
日常を脱ぎ捨てて、今夜もまた、新しい旅へ。 あなたも一緒に、没入の扉を開けてみませんか?

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